世界を救うまであと4分 第三話「メッセンジャー」

第一話 第二話
漆黒の闇の中に浮かぶのは、彼のその真っ白な顎髭だった。
「時間がありませぬ」
闇から全身を現した彼は、月の光に照らされると同時にそう口走った。いや、実際には口走ってなどいない。口は動いていないのだ。しかし、彼ははっきりと自分の声で語りかけた。時間がない?何の?一体、何の為の時間がないというのだ?
「あの方に危険が迫っています」
月明かりに照らされた彼が纏う、濃紺の鎧が鈍く光った。右手には槍を持っている。槍の先には何やら灰色の毛の塊のような物が刺さっている。
槍を持つ彼のその手の甲に、チラリと刺青が覗く。どうやら、爬虫類か何かの尻尾?のようなものが確認できる。龍だろうか?その昔、彼がその手で仕留めた伝説のドラゴン?
「“奴ら”です。あなたも十分にわかっているはず」
奴ら?あの方?彼の言うあの方とは、今朝出合ったあの女の子のことだろうか?こんな所にいては危険だ、いつ“奴ら”がやってきて君を八つ裂きにしてしまうかもわからないぞ!と注意するつもりが、やっとのことで自分の口から搾り出した言葉は「オハヨ」という、か細い声だけだった。オレは紺の鎧を纏いし勇者に尋ねる。“奴ら”が“あの子”をどうしようというのだ?
「時間がありませぬ。あの建物へ急ぐのです。“奴ら”はそこで企んでいます」
やはり彼の口は動いていなかった。闇に浮かぶ真っ白な顎鬚、ぼんやりと月明かりにその輪郭を晒す濃紺の鎧。彼が「あの建物」と指差した方を見る。そこにはかつて「体育館」と呼ばれた施設が亡霊の様に佇んでいた。人々が運動や競技を行ったり、演劇を鑑賞したりするコロシアムだ。そこで一体何が行われると、何が企まれているというのだ?そして一体誰が?何の為に?
幾多の問いと共に振り返ると、彼の姿は無かった。
・・・・・・ッ!
彼の姿がもうすでにそこにないのを理解すると同時に、凄まじい激痛がオレの脳内を駆け抜けた。思わず片膝をついてよろめく。
再生されたのは、いくつかの声だった。嘲笑う声。罵倒。怒号。泣き声。そして冷笑。その矛先は、一転に集中していることが漠然とわかる。あの女の子だ。
よろよろと、立ち上がると、オレは自分のねぐらを目差した。その晩、なんとも奇妙な夢を見た。オレがあの女の子の手を引いて、“奴ら”から逃れる夢だった。






第四話